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日本学術会議への政治介入にかかわる声明

〈補足説明〉

 

2020年10月12日

和田 肇(名古屋大学人の会・世話人) 

 今回の意見表明の理解のために、若干の補足説明をしておきたい。なお、以下は私の個人的なメモランダムであることをご了解いただきたい。

 

1 経緯の説明

 日本学術会議の会員については、コ・オプテーション(Co-optation)方式といって、会員及び連携会員の推薦、そして学会・協会(学協会)等の情報提供に基づき、会員選考委員会、幹事会が選考し、総会で決定して、首相が任命し決定する仕組みとなっている。第25期会員候補者については、2020年7月9日に開催された第180回総会において決定され、内閣府に対して候補者名簿が提出されていました。それと同時に、10月1日から開催される第181回総会に向けての様々な手続き(勤務先での併任承認手続きなど)が行われていた。

 こうした中で9月28日に内閣府から6名の氏名が記載されない任命者リストが日本学術会議事務局に送られてきたところ、事務局は記載されていないことについて内閣府に問い合わせましたが、ミスではない旨、記載されない理由については回答できない旨の説明を受け、事務局は6名の候補者に対して任命されない旨の連絡を行いました。

 

 

2 日本学術会議の会員と選考手続

 日本学術会議は、210名の会員によって組織され(日本学術会議法(会議法)7条1項)、そこには3部、つまり人文科学を中心とする第一部、生命科学を中心とする第二部、理工学を中心とする第三部が置かれており(同法10条、11条)、210名はこれらの部会のいずれかに所属している。現在は各部会とも70名ずつで構成されることになっているが、今回任命見送りとなった会員候補者はすべて第一部所属である。

 会員の選任手続は、当該「分野において優れた研究又は業績がある科学者」のうちから日本学術会議が選考し、内閣総理大臣に推薦し(会議法17条)、この推薦に基づいて内閣総理大臣が任命することになっている(同法7条2項)。また、「内閣総理大臣は、会員に会員として不適当な行為があるときは、日本学術会議の申出に基づき、当該会員を退職させることができる」とされている(同法26条)。

 日本学術会議内での会員の選考手続については、日本学術会議会則8条に詳しく定められている。

 なお、日本学術会議にはこのほかに2,000名強の連携会員がおり、会員とともに分科会を構成し、提言作りや意見表明等のために作業している。この者の選考も次に述べるコ・オプテーション方式によるが、任命権は会長にある。

 

3 日本学術内での選考 

 日本学術会議の会員の選出方法は、コ・オプテーション(Co-optation)方式といい、会員と連携会員が推薦書を出し、また学協会(学会・協会とうの学術団体)からも情報提供をしてもらい、各専門委員会で選考し、学術会議内の選考委員会で選考し、幹事会で承認してリストを日本学術会議総会に提案し、総会で承認するとなっている。今回は2020年7月9日の総会で承認され、このリストが内閣府に提出されていた。

 

4 日本学術会議の会員に任命に関する政府見解

(1) 日本学術会議の会員の選出方法については、発足以来、国会議員の選挙と同じように、科学者による選挙制が採られていたが、時代の要請に応じて柔軟に選出することが望ましいとして、1983年会議法改正で、登録された学術研究団体が内閣総理大臣に候補者を推薦し、それに基づいて内閣総理大臣が任命する方法に変更された。このときに、内閣総理大臣が裁量権を持って任命を拒否できるかが疑問として出されたが、この点について政府答弁は、任命は形式的なものであることを繰り返し述べている。

①1983年5月12日の参議院文教委員会における手塚康夫・内閣官房官房審議官の答弁。

 「仕組みをよく見ていただけばわかりますように、研連から出していただくのはちょうど210名ぴったりを出していただくということにしているわけでございます。それでそれを私の方に上げてまいりましたら、それを形式的に任命行為を行う。この点は、従来の場合には選挙によっていたために任命というのが必要がなかったのですが、こういう形の場合には形式的にはやむを得ません。そういうことで任命制を置いておりますが、これが実質的なものだというふうには私ども理解しておりません。」

② 同日の同委員会での高岡完治・内閣官房参事官の答弁。

 「210人の会員が研連から推薦されてまいりまして、それをそのとおり内閣総理大臣が形式的な発令行為を行うというふうにこの条文を私どもは解釈をしておるところでございます。」

③こうした発言を受けた同日の同委員会での中曽根康弘首相の答弁。

 「学会やらあるいは学術集団から推薦に基づいて行われるので、政府が行うのは形式的任命にすぎません。したがって、実態は各学会なり学術集団が推薦権を握っているようなもので、政府の行為は形式的行為であるとお考えくだされば、学問の自由独立というものはあくまで保障されるものと考えております。」

④1983年11月24日の参議院文教委員会での丹羽兵助・総理府総務長官の答弁。

 「内閣総理大臣による会員の任命行為というものはあくまでも形式的なものでございまして、会員の任命に当たりましては、学協会等における自主的な選出結果を十分尊重し、推薦された者をそのまま会員として任命するということにしております。」「ただ形だけの推薦制であって、学会の方から推薦をしていただいた者は拒否はしない、そのとおりの形だけの任命をしていく、こういうことでございますから、決して決して総理の言われた方針が変わったり、政府が干渉したり中傷したり、そういうものではない。」

⑤同日の文教委員会では、与野党(自由民主党・自由国民会議、日本社会党、公明党・国民会議、民社党・国民連合の各派)共同提案による付帯決議も可決されているが、その中の一項目として、「内閣総理大臣が会員の任命をする際には、日本学術会議側の推薦に基づくという法の趣旨を踏まえて行うこと」とされている。

(2) 日本学術会議会員の選考方法は、2004年会議法改正によって大きく変わっている。それまでは学協会が推薦できたのが、それを超えた幅広い人材を入会させるために、それまでの学協会による直接推薦方式から、まず日本学術会議の会員と新たに設けられた連携会員が推薦し、その中から日本学術会議が候補者を選考する方式(コ・オプテーション)に変更された。その後、学協会との関係が余りにも疎になってしまったことから、学協会との連携を密にするために、学協会にも情報提供を求めるようになっている。 

 同会議法改正は、会員候補者の選考手続(推薦母体)を変更したが、推薦に基づき内閣総理大臣が任命する点については変更はなく、したがって従来の任命権に関する政府の見解(公定解釈)自体には変更がないと考えられる。

(3) 2004年の中央省庁等改革基本法に基づいて、日本学術会議の所轄官庁が総務省から内閣府に変更になっているが、そのときに国会で、日本学術会議の独立性、中立性、公平性について議論が交わされている(第159回国会参議院文教科学委員会2004年4月6日)。

 自民党の有馬朗人議員が、日本学術会議が内閣府に属することにともない「時の政府の方針に強く左右されるようにならないか、その歯止めは一体どうなっているかについて」と質問対する茂木敏光国務大臣の答弁。

 「中立性、独立性、公平性、そしてまた透明性、正に今後の日本学術会議に更に求められる性格だ、そのキーワードだと、そんなふうに解釈をいたしているところであります。独立性につきましては、・・・法律的にも担保されているわけであります。」

 

5 現政権・内閣府の見解

 現在、政府・内閣府は、首相(内閣総理大臣)の任命権について、従来の解釈を変えたと考えられる見解(政府、内閣府は変更するものではないではないとの見解を主張しているが)を述べているが、その際に根拠としている憲法15条、同72条、あるいは同23条との関係については、日本学術会議の内外の憲法学者を中心に検討がされている。

 

6 学会等の動き

 この原稿を書いている段階で、既に100を超える学術団体、そして日本ペンクラブ等の各種団体が、今回の任命拒否問題についての抗議声明や意見表明を行っている。この問題の重要性や関心の高さが窺える。

 また、世界的にもこの問題は注目を浴びている。インパクトファクターも高く、非常に優れた論文が掲載される学術研究雑誌である「ネイチャー」(Nature)は、2020年10月6日版に、編集者の「何故ネーチャーは以前にも増して政治もカバーしなければならないのか」という社説を掲載している。その内容を要約すると、次のようになる。

 科学と政治は、常に相互が依存し合っているし、初期の段階から科学研究だけでなく政治に関わる分野の研究も公表してきた。しかし、コロナウィールスは、科学と政治の関係を今までとは異なる形で公衆の面前に持ちだした。政治家が科学的知見をどのように使うか、専門家として誰に相談するかに、多くの人が関心を払うようになっている。

 今、学問の自由や自治(自律性)が危険に陥っている。この自由は、科学者と政治家が信頼関係の上に成り立っているが、世界規模でこの信頼が崩れてきている。その例として、アマゾンでの森林伐採が加速しているレポートを提出した国立宇宙研究所所長をブラジル大統領が解任した事例、インドの首相が公的なデータの改ざんを求めた事例などとともに、日本の事例を挙げている。「つい先週、日本では菅義偉新首相がかつて政府の科学政策に批判的意見を述べた6名の者を日本学術会議の会員に任命しなかった。この会議は、日本の科学者の声を代表する独立の組織である。任命拒否は2004年に現在のような任命制度になって初めてのことである。」

 同社説は、「国家が学術(学者)の独立性を尊重するという原則は、今日の研究を支える基本的事項の一つであり、それを浸食することは研究と政策策定における質と健全性に重大な危険を及ぼす。政治家がこの誓約を破ることがあったら、国民の健康、環境そして社会を危険にさらすことになる。」と重大な警告を発している。 

 アメリカの科学雑誌「サイエンス」(Science)も同月5日付に「日本の新首相は学術会議との戦闘を選択する」との記事を載せている。

 このように菅首相が行った愚行は、世界の注目に晒され、そのことが日本の学問の自由に対する警告となって表明されている。

  
 

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